[サッカー]
W杯⑤~くすんだカナリアの正しい音程~
岩間翔吾 = 文
text by IWAMA Shougo
日本人はブラジル人を「サッカーが上手い」人として認識している。
Jリーグが産声をあげる前から"神様"ジーコは茨城県鹿嶋市でプレーしていたし、補強の注目選手の多くはいつだってブラジル人選手だ。日本人はブラジル人を最高最大の輸入品として扱っている。
事実ブラジル人のテクニックは世界トップクラスだ。
私が「ストリートサッカー」という競技を知ったのは、ブラジル人選手の特集ドキュメンタリーで幼少期を紹介された時だ。彼らはボールを文字通り裸足の感覚で扱うために、異質レベルのボールタッチを見せる。アイディアに関しても、勤勉な日本人では100年経っても追いつけないクリエイティビティを魅せてくれる。
そんなブラジル人フットボーラーの頂点に立つカナリア軍団の選手はそれはもう上手い、巧い。
しかしそれに頼ったサッカーは長きにわたってブラジル国民に深い悲しみと失望を与え続けた。
W杯の歴史はどこを見てもブラジル代表で彩られている。
今大会で19回目の出場、この数字はそっくりそのまま大会開催数にあたる。
1950年の自国開催では準優勝、そして58年のスウェーデン大会で初の優勝を飾った。その後の3大会でも2度優勝しジュール・リメ杯を永久保持することになる。
この頃のブラジルのサッカーを支えていたのは華麗な攻撃サッカーにある。最前線には"王様"ペレが君臨し、ババ・ガリンシャらによる攻撃は他国を寄せ付けなかった。
その後もリベリーノやジーコの登場で、ブラジル=魅力的なサッカーのイメージは定着していった。
しかし理想と現実の狭間でカナリア軍団はタイトルを勝ち取れなかった。足技で敵わない欧州勢による戦術的サッカーや、南米のライバルとして台頭したアルゼンチンの前に煮え湯を飲まされる時期が続いた。
タイトルに飢えたカナリア軍団は最後のW杯制覇から24年が経過した94年のアメリカ大会、自らのアイデンティティを放棄して現実主義のスタイルに変貌を遂げる。パレイラ監督とザガロTDの二頭体制はダブルボランチを用いるフォーメーションを導入、相手のフォーメーションに合わせてボランチの1人が最終ラインに吸収される変則的な3-5-2システムで4度目の頂点に立ったのだ。
「あまりに守備的だ」「つまらないサッカーだ」と国内では酷評されたものの、そのサッカーは現代の戦術的流れの中では実に効率的に映った。後に4バックに固定されたこのシステムの中でカフー、ロベルト・カルロスといった世界的SBを生み出し、今やSBの攻撃参加は世界のスタンダードとして定着している。
後の02年にも短期的にマンツーマンで守る変則的システムを用いて5度目の優勝を飾っている、そして今大会のチームもその流れを汲んでいる。
とはいえ、古来カナリアの血は完全には消えていない。ボールを持った時の足技やテクニックは今なお世界一のレベルにある。
意外に語られることが少ないが、チャンスを感じ取り長い距離を走りフィニッシュに結びつけるカウンターも伝統的に上手い。長駆のカウンターは近年の優勝チームの隠れた共通点となっている点も見逃せない。
現チームでも、高い位置で奪ったボールはショートカウンターの申し子カカ-を経由されるし、最終ラインで奪ったボールは中盤の3人の働き者と右サイドのマイコンによって攻撃へと繋げられる。
実は今回のブラジルも国内の評判は芳しくない。90分間を通して主導権を握る試合運びをしようとしていないからだ。
これは監督のドゥンガ自身がこのサッカーの体現者として94年に優勝を経験していることに帰因している。94年と同じく規律を重んじ、集団で戦うことこそがこのチームの哲学となっている。
対照的に06年のブラジルには規律は存在しなかった。特定の選手に自由を与えることで一昔前の"魅力的な"ブラジルになろうとした。そのチーム作りに挑んだのが94年、批判にを乗り越えて優勝に導いたパレイラというのも興味深いが、結果はベスト8で規律に準じた守備を持つフランスに敗れた。自らが作りだした戦術のクローンに葬られたブラジルは原点に帰ることとなり、そのDNAを強く持ったドゥンガによってつまらないチームとしてW杯に戻ってきた。
退化に次ぐ退化を遂げたセレソンは強い。
『我々の考案した効率的なサッカーさえすればどのチームにも負けることはないのだよ』黄色のユニフォームは試合中そう語っていた。その最終確認としてドゥンガが南アフリカに乗り込んできた。
勝負に徹したブラジルサッカーはすでにクラブW杯でもお馴染だろう。つまらないサッカーをする時のブラジルは強いのだ。

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